女優エリザベス・テイラーさん(79)がロサンゼルスの病院で死去 ハリウッドでは各メディアが追悼報道

クレオパトラ』などで知られる大女優エリザベス・テイラーがロサンゼルスのシーダーズ・サイナイ病院で心不全のために23日早朝に亡くなった。79歳。

1932年2月27日にアメリカ人夫婦のもとに英国ロンドンで生まれ、のちにデイムの称号を受けたアカデミー賞受賞の大女優。"リズ"の愛称で親しまれた(本人はリズと呼ばれるのは嫌いだった)、12歳の時に出演した『緑園の天使』で"今世紀最高の映画女優"との評判を受け、ハリウッドレジェンドが誕生した。

数ヶ月前から心臓病のため入院していたエリザベス・テイラーは病室で4人の子ども、10人の孫、さらに4人のひ孫に囲まれて中で静かに息を引き取ったという。2009年10月には心臓の手術を受けたことを明らかにしていたが、若い頃に映画撮影中の落馬事故の後遺症、肺炎、皮膚がん、気管支炎などの不快感からアルコールや鎮痛剤依存症となって治療しただけではなく、肺・腰・脳・心臓など手術は生涯30-40回受けたという。

56年、代表作のひとつでジェームス・ディーンと共演した『ジャイアンツ』に出演、翌年の『愛情の花咲く樹』で初のアカデミー賞ノミネートを受けると、『バターフィールド8』(60)と『バージニア・ウルフなんかこわくない』(66)の名演で2度のアカデミー賞最優秀主演女優賞を受ける。

リズは女優とその美貌を称えられただけではなく、エリザベス・テイラー・エイズ・ファウンデーションを創設し、エイズ基金に5000万ドル(40億円)以上を寄付して社会貢献したことでも知られているが、私生活でももっとも注目されたハリウッド女優だった。

また生涯7人の男性と8回結婚した恋多き女性としても有名で、初婚は18歳のときでホテル王コンラッド・ヒルトンと結婚したものの8ヶ月あまりで離婚し、のちに「世紀の恋」と呼ばれ『クレオパトラ』の共演者として知られるリチャード・バートンとは2度結婚し、最後の夫はリハビリ施設でアルコール依存症を治療している際に施設に工事にきていた土木作業員で21歳年下の男性と親友マイケル・ジャクソンのネバーランド・ランチで結婚式を挙げたラリー・フォーテンスキー氏とは結婚から5年後の96年に離婚している。

<何度も結婚離婚をくりかえしたリズですが、リチャード・"ディック"・バートンとの恋愛がもっとも有名で、結局生涯愛したのはリスもディックもお互い同士だったという話が描かれて、昨年6月に発売されたFurious Love: Elizabeth Taylor, Richard Burton the Marriage of the Centuryという書籍。この本が他の数多くあるテイラー伝記本と違うのは、著者がテイラーが唯一といっても過言ではないほど心を明かしたジャーナリストで長時間にわたるインタビューに応じ、最後にはリチャード・バートンが死ぬ間際にテイラーに宛てて書いたというラブレターなど未公開の40通のラブレターまで明かされたところ。ちなみに著者はヴァニティ・フェアの客員編集員でもあり、昨年私が参加したハリウッドの映画祭で司会進行などもされてました。

この「Furious Love」の中に述べられているふたりの馴れ初めには、イギリスの田舎モノだったバートンが初めて訪れたハリウッドの豪邸のパーティでみたけたのが20歳のリズ。あまりの美しさに、こんな美女が本当にいるのか?と思わず笑い転げてしまったそう。リズはすでに2度目の夫と結婚し、バートンも既婚者。この時はリズがバートンに一瞥しただけ。

しかし9年後に『クレオパトラ』の撮影で運命的な再会をし、リチャード・バートンはリズを見ると最初わざと無視をしたかと思うと、戻ってきて、わざとらしく「あなたは今までに、とてもきれいなひとですね、って言われたことありますか?」とからかうように言ったというが、こんなふうにからかわれたことが今までなかったリズにこの作戦が功を奏してふたりは撮影を重ねるごとに親密に。

バートンとリズは養子を受け入れ(リズには他に3人の実子がいる)、離婚後は2度再婚し、84年にスイスで死去。リズはスイスで行われたバートンの葬儀に出席し、失意の中、カリフォルニアの自宅に戻ると、バートンが死の2週間前に書いたリズへのラブレターが自宅に届いていたそうです。

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