2008年1月24日

ヒース・レジャー続報 MKオルセンへの電話は4回だった
カテゴリー[ヒース・レジャー]**2008年01月24日 21:36(米国時間)

ヒース・レジャーの遺体の第一発見者が、救急に電話をする前に、ヒースの携帯電話から女優のメアリー・ケイト・オルセンに電話をしていたことが明らかになったが、2度ではなく、実際には4度も電話をかけていたという。

うつぶせで寝たまま反応のないヒースに動揺したマッサージ師の女性は、ヒースの携帯電話のスピードダイアルからMKオルセンに電話をしていたが、3度は救急隊が駆けつける前で、最後の一回は救急隊が到着した後だったと警察が発表している。

ヒースの生前は交際していたと噂になっていなかったふたりだが、実は2006年7月にロサンゼルスのシャトー・マーマントで友人を交えながらランチをしていたことがあったという。

当時のヒースは、2005年10月にマチルダちゃんが産まれ、翌年2006年2月のアカデミー賞には「ブロークバックマウンテン」で主演男優賞にノミネートされていた。

そして今から3ヶ月前くらいから、ふたりは交際を始めていたという。交際といっても、お互いを束縛するような真剣なものではなく、ふたりがクラブ・パーティ遊び好きでテイストも似ていたことから、ニューヨークを中心に遊び仲間になってデートをしていたという形らしい。

ところで、ヒースには映画監督デビューの企画があったという。ヒースは今までにも短編やミュージック・ビデオを監督した経験があるが、企画されていたものは本格的な長編映画で、ウォルター・テヴィス著「ザ・クィーンズ・ガンビット」の映画化で、孤児として育った若い女性がチェスの世界に入り、神童となる物語で、主人公には今年「JUNO」でアカデミー賞にもノミネートされている20歳のエレン・ペイジにオファーされていた。

脚本を手がけたアラン・スコットは、この企画のために何度もヒースと綿密な打ち合わせをしていたが、ヒース自身も子どもの頃からチェスに慣れ親しみ、名人クラスの腕前だったという。映画がクランクインする前には、ヒースは正式に名人(グランドマスター)格を取得したいと語っていたという。

この企画は、脚本を読んだヒースがほれ込み、ヒースが自ら監督をしたいとスコット氏を説得したものだった。

さらにクリスマス時のヒースの様子も明らかになった。恋人といわれているジェマ・ウォードの姉によれば、ヒースはオーストラリアでクリスマスを過ごしたものの、娘マチルダちゃんと離れて過ごしていることを悩み、ミシェル・ウィリアムスとの破局にも落ち込んでいる様子だったが、ドラッグどころか飲酒さえせず、ずっとダイエットコーラばかり飲んでいたという。しかし、「とにかくリラックスできない」とこぼしていたという。

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